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副院長の中村です。今週の週刊日本医事新報に掲載されたエッセイをご紹介します。書かれているのは会田記念リハビリテーション病院整形外科の五十嵐康美先生ですが、ここに書かれている岩本一郎君は私の学生時代からの親友です。昨年10月、彼は癌で亡くなりました。彼の人柄と音楽性をみごとに表現している五十嵐先生のエッセイです。読んでいただければうれしく思います。

 

「星に願いを」

―追悼・岩本一郎

 

会田記念リハビリテーション病院整形外科

(茨城県守谷市)

五十嵐康美

 

2012年10月に、50歳で惜しまれつつ亡くなったジャズトロンボーン奏者の岩本一郎は、1962年生まれ、87年川崎医大卒の腎臓内科医である。

2003年に大阪府堺市で後継開業したが、北新地のジャズバー「ヌーヴォー」を中心に精力的に演奏活動を行い、2005年に「中山正治ジャズ大賞(アマチュア部門)」「なにわ芸術祭新人奨励賞」を受賞。2007年には大阪で開かれた日本医学会で、自ら楽器を演奏する医師を全国から集めて初めての音楽イベントを成功させ、2008年に「日本医師ミュージシャンズネットワーク」(JMMN)を立ち上げてその代表となった。

岩本は生涯に2枚のCD“Talking with Friends”(2009年)、“Now you’re Talking!”(2011年)を遺している。これらは、いずれもバックに関西の有力なミュージシャンを起用してのオリジナル・スタジオ録音である。私家盤ではないのでAmazonなどで入手可能である。

この2枚のアルバムの発売間隔はわずか2年であるが、この間に彼は小腸癌の診断を受け、手術と闘病の生活を送った。

岩本のトロンボーン演奏は饒舌ではなく、むしろ訥々とした語り口である。しかし、その演奏には真摯さと、聴くものの心をゆっくりと温めるような「歌」が溢れている。

彼の診療はまじめで優しいものだったという。岩本のように鋭い感受性を持つ医師が現場で優しくあり続けるために、一方で自分に、あるいは親しい誰かに語りかける歌が必然として生まれてきたものであろうか。

よほど好きだったのだろう、2枚のCDの両方に収録された名曲『星に願いを』(“When You Wish Upon a Star”)を聴き比べてみると、この間の小さくない岩本の音楽の深化に気づかされる。

1stアルバムでは、女性歌手に寄り添い包み込むようなオブリガードを、2ndアルバムでは、バイオリンを相手に魂の深いところから哀しみに満ちたソロを聴かせている。医師である岩本は、自分が遠くない将来に星になることを予期していたのであろう。医師として、そして病者として星空に語りかけるように歌うトロンボーンは、志半ばで逝かなければならない無念さと遺していく人々への愛惜が胸を打つ。

しかし、それは決して声高ではなく、またこうした「対話」でこそ本領を発揮するのが、岩本の音楽の際立った特徴であると思う。

この2枚には、彼がよく演奏していたであろうスタンダードナンバーばかりが収録されているが、岩本の演奏はやはりゆったりしたテンポの曲が素晴らしい。

1stではバラード“Polka Dots and Moonbeams”、2ndではこれも彼が好きだったボサ・ノヴァの『波』が、いずれもトロンボーンをよく歌わせ、特にすぐれた演奏である。1stアルバムでは適度に岩本を煽り、2ndアルバムでは体調不良の岩本をよくサポートしている長年の友人・大石浩之(ピアノ、編曲)を中心とするサイドメン。岩本の人柄に惹かれて集まったという彼らの演奏も、ひきしまった好演である。

診療と音楽に生きた岩本がこのような傑作を残しえたことは、早世ではあるが、ある意味幸福であったに違いない。ぜひ2枚のアルバムを通して聴かれることをお勧めしたい。

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